名古屋高等裁判所金沢支部 平成4年(ネ)18号 判決 1992年9月21日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し金五三九一万〇二五五円及び内金二五三七万九四一九円に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
三 この判決は、主文一につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴人の求めた裁判
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、株式会社カナトコーポレーション(訴外会社)との間で信用保証委託契約(本件委託契約)を締結し、その後同契約に基づく保証債務を履行したと主張する控訴人が、同契約に基づき、訴外会社の保証債務を連帯保証した被控訴人に対し、求償金の請求をした事案である。
一 本件の経過
証拠(甲一ないし七、九ないし一二、一七ないし二七)及び当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。
1 控訴人は、訴外会社との間で、(一)訴外会社が別紙保証委託契約表(契約表)一ないし四記載のとおり、金沢信用金庫から借入をするについて控訴人が保証をすること、(二)控訴人が訴外会社の右債務を代位弁済したときには、訴外会社は、控訴人に対し、当該代位弁済額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による約定損害金を支払うことを内容とする、本件委託契約をした。
2 被控訴人は、訴外会社の右契約表一ないし四にかかる各借入(以下順次「借入一」ないし「借入四」といい、これらを合わせて「本件借入」という。また、これにかかる債権を、順次「債権一」ないし「債権四」といい、これらを合わせて「本件債権」という。)に基づく債務につき、連帯保証する旨、各保証委託契約締結日に控訴人に対して約した。
3 訴外会社は、控訴人の保証の下に、金沢信用金庫から契約表記載の各借受日に、同表記載の金員をそれぞれ借り受けた。
4 訴外会社は、昭和五七年七月六日金沢手形交換所の取引停止処分を受けたため、同日本件借入について期限の利益を喪失した。
5 控訴人は、昭和五七年九月二二日に本件委託契約に基づき金沢信用金庫に対し、次のとおり代位弁済し、これによって訴外会社に対し、同額の求償権を取得した。
(一) 借入一につき、残額五九二万円と、これに対する昭和五七年七月一日から同年九月二二日までの年九・三パーセントの割合による利息一二万六七〇四円との合計六〇四万六七〇四円
(二) 借入二につき、残額八一八万五〇〇〇円と、これに対する昭和五七年六月二九日から同年九月二二日までの年九パーセントの割合による利息一七万三五六六円との合計八三五万八五六六円
(三) 借入三につき、残額三〇〇〇万円と、これに対する昭和五七年六月一八日から同年九月二二日までの年九パーセントの割合による利息七一万七五三四円との合計三〇七一万七五三四円
(四) 借入四につき、残額一三六〇万円と、これに対する右(三)と同一期間における年九パーセントの割合による利息三二万五二八二円との合計一三九二万五二八二円
6 その後、右求償債権については、次のとおり内入れ弁済があった。
(一) 借入一につき、別紙明細書(一)記載のとおり、訴外会社から八万八八〇〇円、連帯保証人の一人である前田英明から一一万八〇〇〇円
(二) 借入二につき、昭和五七年一〇月一二日に訴外会社から一一万一〇〇〇円
(三) 借入三につき、別紙明細書(二)記載のとおり、訴外会社から五八万二二〇〇円、連帯保証人の一人である瀬戸友義から一三八八万円、被控訴人から一二一五万九一一七円
(四) 借入四につき、別紙明細書(三)記載のとおり、訴外会社から二〇万九七五〇円、右瀬戸友義から六五二万円
二 争点
本件債権につき消滅時効が成立するか
1 被控訴人は、「訴外会社は商人であるところ、同社が最後に控訴人に求償金を支払ったのは、昭和五七年一〇月一二日である。したがって、右から五年が経過したから、本件借入の連帯保証人である被控訴人は、右消滅時効を援用する。」旨主張する。
2 これに対し、控訴人は、本件債権につき時効の中断を主張する。
3 被控訴人は、さらに右中断の効力を争う。
第三 争点に対する判断
一 訴外会社が商人であること、同社が控訴人に最後に求償金を支払ったのが、昭和五七年一〇月一二日であることは、いずれも明らかに争いがない。そこで、控訴人主張の時効中断の主張について判断する。
1 借入一について
(一) 証拠(甲一、二、一七ないし一九、弁論の全趣旨)及び当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 前田英明は、昭和五六年三月五日借入一に関する訴外会社の本件委託契約上の債務につき連帯保証した。
(2) 控訴人は、昭和六一年一〇月一日ころ右前田に対し、右5(一)の求償債権について支払命令の申立を金沢簡易裁判所になした(同庁昭和六一年(ロ)第一九〇七号)。
(3) 同裁判については、昭和六一年一〇月一日に支払命令がなされ、同月二八日には仮執行宣言が付された。
(二) 右によれば、借入一に関する訴外会社及び被控訴人の保証債務については、民法四五八条、四三四条の「履行の請求」により、消滅時効が中断したものと認められる。
2 借入二ないし四について
(一) 証拠(甲三ないし七、一三ないし一六、乙二、三、五ないし七、一三、一四、一九、二〇、三〇、弁論の全趣旨)及び当事者間に争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被控訴人は、訴外会社の代表取締役である。
(2) 被控訴人及び前田美代子は、昭和五三年五月二五日に金沢信用金庫との間で、同人ら所有の別紙物件目録記載の物件(本件不動産)について信用金庫取引による債権を債権の範囲、極度額を三六〇〇万円とする旨の根抵当権(抵当権1)設定契約をし、同日その登記手続が経由された。右根抵当権は、右極度額の範囲内で本件借入のすべてを担保することになる。
(3) 被控訴人及び前田美代子は、昭和五六年一一月一八日に金沢信用金庫との間で本件不動産について、債権四を担保する旨の抵当権(抵当権2)設定契約をし、同日その旨の登記が経由された。
(4) 本件不動産について抵当権を設定していた安田火災海上保険株式会社他五名(別件債権者)は、昭和五七年九月三日に金沢地方裁判所に同不動産の競売申立をし(同庁昭和五七年(ケ)第一六七号・本件競売)、同月六日競売開始決定がなされた。同決定正本は、同年一〇月六日に公示送達によって被控訴人及び前田美代子に送達され、それ以後同人らに対する書類の送達は、公示送達によってなされた。
被控訴人は、前記のとおり訴外会社の代表取締役でもあったから、右書類送達によって、主債務者である訴外会社としても、右競売開始決定のあったことを知ったことになる。
(5) 控訴人は、金沢信用金庫に対する前記代位弁済により、抵当権1、2を取得した。
(6) その後、控訴人は、本件競売について昭和六三年五月七日到達の債権計算書(甲一五)において、抵当権1の被担保債権として、債権二につき前記(二)の、同三につき前記(三)の、抵当権2の被担保債権として前記(四)の各求償債権を表示した。そして、これに基づき、控訴人は、昭和六三年五月一八日の本件競売の配当期日において、抵当権2につき一二一五万九一一七円の配当金を受領した。
(二) 配当は、権利の現実的実行行為である差押手続きの一環として、執行裁判所が債権者の具体的債権額を確定させ、これに基づいて換価によって得られた売却代金を債権者に分配し、債権の満足を得させる手続であるから、債権者が右配当金を受領することは、執行裁判所が債権者の被担保債権の存在を公にするものとして、民法一四七条二号、一五四条所定の「差押」に準じるものといえる。
これを本件について見るに、右認定の事実関係によれば、本件債権は、控訴人による配当金の受領によって確定したものというべきであるから、右受領によって、右「差押」に準じた時効の中断があったと認められる。そして、右時効の効力は、権利の現実的実行行為のあった、別件債権者による本件競売申立後である昭和五七年一〇月一二日から控訴人が配当金を受領した昭和六三年五月一八日までの間継続していたとみるべきである。
3 時効中断に関する被控訴人の再抗弁・反論について
被控訴人は、本件では、時効中断が成立していない旨るる主張するが、いずれも採用できない。その理由は、次のとおりである。
(一) 被控訴人は、本件競売を申し立てたのは、控訴人ではなく、別件債権者であるところ、本件では、控訴人から主債務者である訴外会社に対しては何ら民法一五五条所定の通知がなされていないから、時効中断の効果は生じない旨主張する。
しかしながら、民法一五五条が右通知を要求する趣旨は、義務者が知らないうちに時効中断の効力を受けるということがないようこれを保護するということにあるところ、右認定の事実関係の下では、訴外会社の代表者であるとともに、連帯保証人、物上保証人である被控訴人としては、訴外会社が期限の利益を喪失し、別件債権者から本件不動産につき担保権実行による本件競売を申し立てられ、同開始決定の通知を受けたことによって、控訴人に対する関係でも、右競売手続内で権利が実行されることを予想することができ、しかも、右認定の関係によれば、被控訴人のみならず、訴外会社もまた、右事情を知り得たというべきである。
被控訴人は、この点につき、代位弁済により控訴人へ金沢信用金庫の担保権が移転するという法的効力が生ずることについて法的知識がなかった旨主張するが、前記認定の契約締結の事実に照らしにわかに採用できないうえ、仮にそうであったとしても、右は法の不知に過ぎず、右効果の発生を妨げるものではない。本件が公示送達によってなされた事も右結論を左右しない。
右開始決定の送達によって訴外会社に対する通知はなされたものと認められるから、被控訴人の主張は採用できない。
(二) 被控訴人は、控訴人は、債権二、四については、本件競売で配当を受けていないから、配当による時効中断の効力を受けない旨主張する。そして、本件競売において控訴人が配当を受けたのが抵当権2に基づく債権三であり、債権二、四については配当が受けられなかったことは、前記認定のとおりである。
しかしながら、配当は、その対象となる債権者の債権の存在が公に認められたことに時効中断の効力が認められるのであって、右時効中断に関しては、現実の配当がどの債権に対してなされたかは、問題とならないと解される。そして、控訴人が本件競売において抵当権1、2に基づいて債権二ないし四を請求していたこと、これが債権としてすべて認められたことは前記認定のとおりである。
そうすると、債権二、四についても、現実の配当がないからといって、時効の中断がないとはいえない。
被控訴人の主張は採用できない。
(三) 被控訴人は、債権二ないし四は、本件競売申立時には、いまだ確定していなかったから、時効の中断はない旨主張する。
しかしながら、債権は、それが差押当時に存在しておれば、債務者に対する権利行使としては十分であり、具体的な債権の額は、その存在が公にされる配当時に確定すれば足るものと解される。
被控訴人の主張は採用できない。
(四) 被控訴人は、債権二ないし四は、右のとおり消滅時効が完成しているから、本来控訴人が配当を受けられる債権ではない、それにもかかわらず、控訴人が本件競売で一二一五万九一一七円の配当を受けたことは、不当利得に該当するから、右返還請求権をもって、控訴人の本件債権と対当額で相殺する旨主張する。
しかしながら、右の各債権につき時効中断が成立していることは、前記のとおりであるから、被控訴人の右主張はその前提を欠くものとして、採用できない。
(五) 被控訴人は、仮に右配当金の受領が有効な弁済となるとしても、控訴人が訴外会社に対して本件債権の時効を中断しなかったために、被控訴人は、訴外会社が同債権につき消滅時効を援用すれば、もはや同社に対する求償権を行使できなくなるという関係に立つ、したがって、控訴人には、訴外会社に対する時効中断の措置を講じなかった過失があるから、担保保存義務違反に基づく損害賠償義務がある。被控訴人は、右請求権をもって、控訴人の本件債権と対当額で相殺する旨主張する。
しかしながら、控訴人の訴外会社に対する債権につき時効中断が完成していること、したがって被控訴人が保証債務を履行すれば、訴外会社に対して求償金を請求できる関係にあることは、前記のとおりであるから、右主張もまたその前提を欠き、採用できない。
(六) 被控訴人は、本件競売においては訴外会社が配当手続で本件債権を争う機会がそもそもなく、配当後も配当を受けた控訴人に対する不当利得返還請求をすることができるから、控訴人が配当を受けたことをもっては、いまだ債権の確定があったとはいえない旨主張する。
しかしながら、本件債権が存在することは前記認定のとおりであるから、被控訴人の右主張は、この点においてすでに失当である。のみならず、右不当利得返還請求において判断が示されない限り、配当は有効と扱われるべきであるから、主たる債務者である訴外会社においてそのように本件配当額を争う余地があるとしても、そのことから債権が未確定であるとはいえない。
被控訴人の主張は採用できない。
二 右事案の概要によれば、控訴人は、本件委託契約の連帯保証人である被控訴人に対し、(1)本件借入に対する求償金合計五九〇四万八〇八六円から6の内入金合計三三六六万八六六七円を控除した残額二五三七万九四一九円と、(2)右内入額に対する代位弁済の日の翌日である昭和五七年九月二三日から各内入日までの約定損害金二八五三万〇八〇六円との合計五三九一万〇二二五円、並びに右(1)の残額に対する昭和五七年九月二三日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による約定損害金の支払を求めることができる。
三 そうすると、控訴人の本件請求はすべて理由があり、これと結論を異にする原判決は相当でない。
第四 結論
よって、原判決を一部変更することとし、主文のとおり判決する。
(別紙)
物件目録
金沢市高尾南二丁目一三五番
一 宅地 二七二・九五平方メートル
(所有者 被控訴人)
同所二丁目一三五番地所在
家屋番号 一三五番
一 鉄骨木造瓦葺三階建居宅
床面積 一階 一〇六・七二平方メートル
二階 一三二・二八平方メートル
三階 三九・三五平方メートル
(共有者 被控訴人、前田美代子、共有持分各二分の一)
(保証委託契約表及び明細書(一)ないし(三)は第一審判決添付のものと同一につき省略)